今回、私たちはエボラの脅威を目の当たりにしましたが、その時に日本にもBSL4施設の稼働が早急に必要という、パニックにも似た騒動が持ち上がりました。しかし、冷静になって考えてみれば、BSL4施設は実験研究施設であって、医療施設ではないので、目の前にエボラ患者が現れても何の役にも立たないことに気がつきます(声明 項目別まとめに書いた通りです。)
 本稿ではBSL4施設がなければできないこと、なくてもできることを明確にし、施設のみならず研究そのものの必要性の意味を考えます。


A. BSL4施設がなければできないこと,なくてもできること:科学技術的視点
 2016-02/29 改訂

BSL4施設がなければできないこと
 1.ワクチンや治療薬の開発

 2.ワクチンや治療薬の動物実験
 3.薬剤投与に対するウイルス変異の実験
 4.遺伝子組み換えによるウイルス変異の実験
 5.病原性に関する遺伝子特定の研究,等々


BSL4施設がなくてもできること
 1.ウイルスの確定診断
 2.患者の臨床治療,退院判断
 3.ウイルスの遺伝子分析
 4.ウイルス変異の軌跡分析
 5.抗ウイルス剤の開発
 6.もちろん,BSL3以下のレベルの施設で可能な,多くの人々が亡くなっている感染症の克服研究,等々


 日本はBSL4施設の無い西アフリカなどの現地での治療経験を豊富にして欲しいものです。BSL4施設が国内になくても国民の安全を確保できるよう,気の毒な現地での医療をしっかり学んで,早急に医療ノウハウの蓄積を進めてください。

B. 凶悪ウイルスと人類の関係:社会文化的視点

 1.今回の脅威の主であるエボラウイルスは、密林の環境破壊など人類が自然の奥深い所まで踏み込んでいった結果遭遇し、人類自らが人類社会に呼び込んだものと言ってよいでしょう。

 2.未知のウイルスはエボラウイルス以外にも多くのものが存在するでしょうから、人類はこれからも次々と未知のウイルスに遭遇することを想定・覚悟しなくてはなりません。すると、ウイルスの脅威の克服は結局はいたちごっこになって、際限なく続くことになります。

 3.もし都市部に実験研究施設があるとしたらどうなるでしょうか?その都市の住民は常に未知の兇悪ウイルスと同じ町に生息することになります。実験研究施設の安全神話は成り立たないのですから、その都市は兇悪ウイルスが潜んでいた未開の土地と同じことになってしまいます。つまり、BSL4施設を都市に作るということは、その都市を未知の兇悪ウイルスと同居する地域にすることに等しい所業です。人類社会と兇悪ウイルスは別々の世界で互いに隔絶しておくことが最良の策です。

 4.結核や鳥インフルエンザなどのように、BSL4施設が不要な病原体でも人類に大きな脅威を与え続けています。これらも未だに克服されていないのです。研究者がやるべきことは未解決のまま数多く残されています。

 5.人類がウイルスを完全征服するというのは幻想かも知れません。そうすると、人類は病原体となるウイルスと共存していく道を探る必要があります。従って、研究のあり方自体、深い哲学に基づいて人類全体(非専門家も交えて)で考えていくべきです。決して、一研究者・一大学が名誉や業績追及の手段として研究を行うべきものではないと考えています。

C. 国際的協力体制こそ必要:国際政治的視点

 1.BSL4施設は世界各国にあり、その数は44施設(日本を含め19ヵ国)を数えています(バイオセーフティーレベル)。しかし、アフリカなど病原体ウイルスの故郷である現地にはわずか2カ所(ガボンと南アフリカ共和国)しかありません。先進各国は自国内にBSL4施設を持ちたがっているのです。これは一体なぜか、このことから考える必要があります。

 2.BSL4施設は医療施設ではないのですから、施設が自国内にあっても患者にとっては役には立ちません。当然ながら患者になる前に治療法が確立していなければ間に合わないからです。しかし、未だに治療法が確立されていないことが今回のエボラ騒動で明らかになりました。この事実は、各国の施設ではエボラウイルスのような研究は軽視されてきたのではないかという疑いを呼び起こします。

 3.各国で施設が作られた年代は詳しくはわかりませんが、一つの大きな動機はあの2001年の9.11同時多発テロ、およびその直後に起こった炭疽菌事件だと思われます(アメリカ炭疽菌事件)。大規模ビル破壊テロの脅威のみでなく、各国は生物兵器によるテロ攻撃に震え上がりました。その結果、生物兵器によるテロ攻撃から防御するための研究が必要であることを痛感し、多くのBSL4施設を求めるようになったのです。

 4.しかし、バイオテロを防御するための研究は想定されるバイオ兵器を実際に作ることから始まります。どんなバイオ兵器が作られ、攻撃に使われるかわからないからです。すると、バイオ兵器を作るデータを他国に知られたくないために、それぞれ秘密に研究することになります。なぜなら、対応策の無いバイオ兵器は核兵器並の脅威となるからです。各国が自国内にそれぞれ施設を欲しがる最大の理由はこういうことではないでしょうか。それを逆に言えば、エボラウイルスのようなものは自分の国に直接脅威ではないとして、これまで軽視されてきたのではないかと推測できるのです。

 5.もし純粋にエボラウイルスを克服したいのであれば、国際的に協調して研究をやっていく体制を作ることが最も重要と考えます。その理由は、お金と人材と資源を有効に使うためです。人類がやるべきことは、上記Bにも書いてますが、エボラウイルス以外にもたくさんあるのですから、それらにもお金と人材と資源を割かなければなりません。決して、一研究者・一大学が競争心や功名心を持って行うべき研究ではないのです。

 6.もし日本にもバイオ兵器防御研究が必要で、そのために長崎大学に施設を作るというのであれば、長崎市はバイオ兵器(兵器と防御)のメッカとなり、研究成果を狙うテロリストたちから大いに注目される都市となることでしょう。これを恐怖と感じない市民はいるでしょうか?

 7.もちろん、長崎大学は純粋にエボラウイルスのような脅威から逃れるための研究をしたいのでしょうから、長崎大学は日本国やWHOと協力して国際協調の体制づくりに乗り出していってもらいたいものです。そうすれば世界からの尊敬と名誉を勝ち取ることができるでしょう。そのための舞台としては、感染者が医療従事者とともに兇悪ウイルスと現実に闘っている場所、即ち、アフリカ現地の適切な位置に作られた国際協力のための施設がふさわしいのです。

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=======記事はここまで=======

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by nakamatachi3 | 2015-02-15 16:56 | ・主張・理念 | Comments(0)



長崎市民、特に周辺住民の皆様へ:
施設設置に反対することは地域エゴ・住民エゴではありません

予想される以下の2つの詰問に対してはどう答えたらいいでしょうか。

1.『エボラの研究とかは必要やろ? 設置に反対したら一体どうすればいいんだ! 反対は住民エゴではないか!』

2.『先進国の中でBSL4施設がないのは日本だけだ。安全保障上、日本にも必要ではないのか』




1に対しては、
『人口密集地である坂本地区に設置することはやめてくれ』
と答えるだけで十分です。その代替策まで考えてあげる責任はありません。(注)
「エボラの研究が必要か」ということと「エボラの実験研究施設が長崎に必要か」ということは全く別です。
 「エボラの研究は必要」ですが、「エボラの実験研究施設は長崎市民にとって必要ではない」です。その理由は、声明 項目別まとめをご覧ください。
 地域エゴ・住民エゴとは、住民たちにとっても必要なのに、それをいやがることです。BSL4施設は住民にとって必要なものではないので、地域エゴ・住民エゴではありません。



2に対しては、
『それは国が責任をもって考えてくれ』
というだけで十分です。声明 項目別まとめに書いた通り、この問題は一大学が名誉や発展のために推進すべきことではないからです。



注. 私たちは反対する責任上、代替策を考えています。それも、項目別まとめに書いています。そしてBSL4施設の必要性については、BSL4施設の必要性の意味に詳しくまとめていますので参照してください。


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=========記事はここまで==コメントを戴いています======
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by nakamatachi3 | 2015-02-05 22:05 | ・主張・理念 | Comments(2)